Concept

「ピアノは私にとっての王様」
ずっと、そう思っていた。
2023年夏のスイスで、私にとって1つのパラダイムシフトが起きた。
初めての【カリンバ】を渡されて恐る恐る【鍵盤】を弾いてみる。
鍵盤だけど打楽器のような感覚。
私が知る鍵盤のように、左から右に並んではいないから四方八方から音が飛んでくる。
子供のときの素直な感覚を取り戻した私は、さらに我を忘れて自分の声を足してみる。
自分すら予期しない音楽に、なぜか懐かしさを感じた。

今、
今の私のしかできない音楽
今の私だから「あらわれる音楽」

鍵盤に携わる人間である前に
【声】を持つ一人の人間として素直でありたい。
そう思えた。

フォルテピアノは、音を手放すことで生まれるみずみずしい軽やかさが美しい楽器
クラヴィコードは、命の重さをロザリオや数珠でつなげるようなテヌートを紡いでいく楽器

その両方を持ち合わせて、その間を自由に行き来できる【鍵盤奏者】
それこそが、私の目指したい存在なんだと実感した。
この水脈にたどり着くと、古(いにしえ)の作曲家たちが残してくれた真のメッセージに辿り着くことができるし、
それは私が求めている魂の根源に出会う旅となるだろう。

アドリアナとのデュオで、これから創り上げていく世界は、私にとっても未知数だ。
彼女は全身をフルに鳴らす音楽家で、彼女のバイオリンから魂の声が聴こえる時、私は静けさの中で、その声を受け止める。作曲家の残してくれた音に包まれるあの瞬間、私たちは1つに溶け合う。

そして、アドリアナ特有のダイナミックな表現は、まさにカラヴァッジョが描いた【キアロスクーロ】のように、光と影が交差する。
バロック・ヴァイオリンを人生の友として歩んでいる彼女にとって
その激しいまでのコントラストは、【今】に全てが集約されることで時空を超えて当時の作曲家の息吹を今に蘇らせる。
そこに強く佇んでいながら、まるでそこに存在していないかのように、
音だけが持つ生々しいリアリティと対面する。

Story

Movie