長方形の箱型楽器【クラヴィコード】は木目が美しい鍵盤楽器。
14世紀にヨーロッパで発明されてから、バッハをはじめショパンまでもが魅力されたのは、この独特な静けさを持つクラヴィコード。その起源は意外にも古く、チェンバロよりも遥か昔、紀元前ギリシャのモノコード(一弦琴)の時代に遡る。
音程理論を学ぶ楽器が、やがては鍵盤を持つようになり弦も増えて、いろんなタイプのクラヴィコードが時代と共に発明された。撥弦の原理は極めてシンプルである。てこの原理で、鍵盤を下に下げると、タンジェントと呼ばれる金属片が弦を突き上げて音が出る。
クラヴィコードの面白いところは、この指を置いている(腕の重みが指先に落とし込まれている)間にヴィブラートがかけられること。これを「ベーブング」といって、クラヴィコードがまるで歌手のように歌うことのできる唯一の鍵盤楽器として多くの作曲家をインスパイアした。
1700年代に入り、西洋音楽史において、歌唱法が確立された時代、鍵盤においても、「いかに鍵盤を歌わせることができるのか」が重要テーマとなる。ここで生まれたカンタービレ様式は、ショパンの時代にまで連なっていく。その学びを「かそけき音」の中で創り上げていったのは、かの有名なバッハであった。
両親との別れを早く経験した少年期、このクラヴィコードが支えとなり、偉大な音楽家の耳や感性を育てたという。
「クラヴィコードの繊細なタッチをマスターできれば、オルガンやチェンバロ、フォルテピアノでも自由自在に奏でることができる」と当時の音楽家たちは信じていた。
静寂の世界に身を置くことで、新たに発見される音楽の愉しみ。そして、その楽器が教えてくれる古典派やロマン派音楽へ脈々と受け継がれている西洋音楽のエッセンスを学ぶ鍵。
その世界観の中でこそ華やぐ音。そして、その音に身を投じる時、音が劇的なフォルムを持ち、まるで雷のようにダイナミックに聞こえてくる。
今、この現代に、鮮烈な印象を持って、クラヴィコードは、再び響きあう。
【Megumi Tanno】時代を映す鏡としての楽器 クラヴィコード
ヨーロッパの歴史を数世紀にわたってひっそりと見守って来たクラヴィコード
その存在はバッハ以前からショパンまでの作曲家のこころを映し出してきた神秘的な楽器とも言えるし、オルガニストの練習用、バッハの家庭がそうであったように「一家に一台」子供への教育のためという実用品としての側面もあった
なんと言っても私にとってクラヴィコードの面白さはその最大の特徴である【音を延ばせるということ】
その幽けき音の行く末を見守りその消えゆくさまを観ているということ
その音の輪郭の最後を自分で解放していくということ
そんなプロセスのひとつひとつに感動を重ねていく
喜びも悲しみを指から溢れるバイブレーションとなってひとつになる
完全調和の美しい響き
人間の根本にある美を求める気持ちは美しさの源に迫りその美しさに身を委ねると新しい何かが今すでに始まっている
そのプロセスに耳を澄ませると自己の天命に気づく
自ずと永遠の本流に還るようになっている
それをするための最適な心の相棒
それが私にとってのクラヴィコード
だからこそ今現代に生きる私が作曲家と対峙する時
その中心に至るまでの解釈をリードしてくれる
私のこころを作曲家のこころとピッタリひとつにしてくれる
作曲家がまさに【はっきりと今生きている】ということを
豊かな生命力と烈しい気魄を持って今新たな振動と共に伝えてくれようとしている
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Performed by Megumi Tanno
(playing a clavichord, built by Itaru Ohtagaki)
2024年3月22日収録
所蔵:太田垣至製作(2022)
ヨハン・ハインリヒ・ジルバーマン(1775)モデルのクラヴィコード